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ちょっと許せないな
2008年10月28日
昨日まで当店の創業祭でした~ お陰様で無事終了m(_ _)m
ご来店いただいたお客様はもちろん、いらっしゃれなかったお客様にも、心より本当に、本当にありがとうございました。
ところで
今日のタイトル、ちょっと過激ですが
でも、ちょっと許せないんですよ。

これ、しみ抜きに預かった仕立て途中の着物。
つまり仕立屋さんが誤ってシミを付けてしまったということなのですが。
あ、いえいえそれが許せないのではないのです、人のすることに間違いは付きものですから。許せないのはこの縫い方。
写真ではわかりにくいかもしれませんが、かなりぶくぶくで針目も真っ直ぐではなく、裾や褄先などちょっとひどいんだな……。…

つじつま
2007年5月2日
「つじつまが合わない」とか、「つじつまを合わせる」は「辻褄」と書くそうで、裁縫用語からきているんですって。
「辻」は縫い目が十文字に合うところで、「褄」は着物のすその左右のこと。
どちらも、きちっと縫い目が合っていないとチグハグな着物になってしまうことから、物事の道理や筋道が合わないことを「つじつまが合わない」というようになったそう。
ところでうちは悉皆(しっかい)が元々の本業(←って、副業があるわけではないんだけど…^^;)
たくさんの仕立物を見せていただくし、解かせていただくがずいぶんと勉強させられる。
以外と多いのは裁ち間違い。
その他にも訪問着の柄があっていない、袖が反対、紋がずれてる、落款の入る場所が変! 辻も褄も合ってない、などなど
驚くような仕立て方も……
『この仕立屋さんはこれが変だとわかっていないんだな…』と思えるような、稚拙な間違いに出会うとプロ意識の無さに腹が立つ。
確実に『これは確信犯だな』と思える仕立て、つまり間違えたことをわからないように画策した形跡にあうと悲しくなる。
それはその仕立屋さんの小狡さに対してと、いうこともあるが、
実は仕立屋さんがそうせざろう得ないような、雇い主である呉服屋さんの容赦ない扱い方、ということにも傍らにはあるみたい。…

うちの『仕立屋』さん
2007年2月28日
今日はちょっと自慢です!
うちの仕立屋さんは本当にすばらしい腕の持ち主ばかり。
こうなるまで随分時間はかかったし、大事な仕立屋さんとさよならもしてきた。
だけど、信念を曲げずにやってきてよかったと、最近つくづく思う。
今から思えば、うちもひどい仕立ても有ったはず。
高度成長期に絶え間なく仕事があった今の50~70歳代の仕立屋さんは、自分の腕を磨く暇もなく、疑うスキも与えられずひたすら縫ってきた。
40歳台の仕立屋さんはイイ時代に仕立てを憶えたものの、若い頃とは違い、どんどん仕立物が少なくなってきたと言う時代。
ま、どんな時代であっても仕事を磨くのは感性あってのこと。
私も着物のなんたるかを知らずにきものやを始めたわけで、知らないということは怖ろしい。
でも、気付かせてくれた人がいた…
