地域の歴史に想いを馳せましょう【5分間スピーチ】

5分間スピーチとは? スピーチ者 工場総務 藤村 地域の歴史に想いを馳せましょう、という事で、今日の職場の教養のテーマが”夏の風物詩”であり、花火の歴史が出てきましたので、”気仙沼みなとまつり”の歴史について少し調べてみました。   ”気仙沼みなとまつり”のサイトに載っていた、『これまでのおまつりの背景』に丁度お祭りの歴史が簡単に載っていたので、そのまま皆さんにシェアしたいと思います。   『気仙沼みなとまつり』の背景は、昭和24年にまだ気仙沼町だった時代に行われた『気仙沼湾振興まつり』があります。 当時、この地域に伝統的に伝わる一本釣り漁法の『カツオ一本釣り実況』、『仮装行列』、賞金つきの『花火師競演』を開催した振興まつりにルーツがあります。 この時の人出は、のべ約10万人とされており、非常に大きな一大イベントのスタートだったようです。そして翌々年の昭和26年から第一回”気仙沼みなとまつり”を開催。当地域に伝統的に伝わるカジキマグロを豪快な銛(もり)で射止める『突きん棒漁実況』、『和船競漕』というようなこの水産漁業都市を支えている文化を新たに折り込み、第一歩を踏み出しました。 とありました。   時は経て、次回の気仙沼みなとまつりは第69回です。 令和3年8月22日(日)開催となっています。   これも未来から見ると、歴史の1つとなりますが、新型コロナウィルス感染症防止のため、入場管理をし、1日だけの開催となりました。 気仙沼ケーブルテレビの中継と、YouTubeでのオンラインライブ配信も行うとのことで自宅で楽しめるようです。   お祭りは、実際足を運んで行くのがワクワクして楽しいのですが、昨年も”気仙沼みなとまつり”が中止でしたが、オンラインで動画配信してましたね。 少しお祭り気分が味わえた感はありましたが、もの足りなさは感じました。   今年は、1日の開催とは言え、花火もあって本当に良かったなと思います。楽しみです!   あと、お盆の”送り火”について知っていることをお話ししたいと思います。 ウチでは、お盆になるとご先祖様の魂が迷わず家へ帰れるようにと、窓の外に提灯を下げ、「ラッツオク」を燃やし”迎え火”をします。 お盆の最後にはお盆を一緒に過ごした霊が、無事にあの世へ戻れるようにと”送り火”を燃やします。 「ラッツオク」は、オガラと呼ばれる麻の茎に硫黄を付けたものです。 ”迎え火”と”送り火”以外にも”20日盆””晦日盆”に計4回燃やします。   その時に、“おかえりモネ”でもやってました『ヘビ・ムカデに喰(か)れねーように』と言います。 ラッツオクの煙を身体にくぐらせ、祖母曰く自分の気持ちを言うとのことですが、『ヘビ・ムカデに喰れねーように、どーごもイデどこ(どこも痛いところ)出さないように、アダマ(頭)もイデぐ(痛く)ならないように』などなどと言います。   昔は長靴がなかったから、田んぼなど裸足とかで野良仕事をしてたため、ヘビやムカデに喰われないようにと願ったようです。 そして、痛くなって欲しくないところとか、浄化の意味もあるのでしょうか、痛くならないように願いを込めて、麻の煙を身体にくぐらせるようです。   余談ですが日本古来の麻、これは完全に日本の麻に限ってですが、元々は大麻(たいま)と呼ばれるもので、大麻は言霊となり、波動がとても高いので古くから神道に使われていました。魔を払う力があるなどお祓いの時にも大麻は欠かせません。 昔は大麻の茎の表皮を特別な工程を経て、独特の光沢をもつ繊維にし、糸を産みだし、布を織って服にしたり生活には欠かせないものでした。   現在、大麻という言葉は、悪い方のイメージを刷り込まれてきましたが、その昔、日本人は大麻をとても大切にしてきたので、大麻の日本の歴史をもっともっと知り、良い言霊として人目を気にして怯えることなく『たいま』と言えるように復活して欲しいと願っています。   ※気仙沼みなとまつりについて:http://www.kesennuma.or.jp/minatomatsuri/ 5分間スピーチシリーズは下記リンクバナーから一覧をご覧になれます。 更新情報はInstagramで発信していく予定です。 Instagramを登録されている方は、是非「たかはしきもの工房…